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「麻の葉」第54号

2023/11/30 (Thu) 23:50
麻布教育研究所長通信「麻の葉」第54号

みなさんのまわりで、今年から来年にかけて創立150周年を迎える学校さんが
多くあるかと思います。明治5年(1872年)に学制が公布され、近代学校制度が
始まることが宣言されたわけですが、その直後の明治6,7年を創立年度とする
学校が150周年を迎えたということです。私が関わっている学校さんでも、
ほんとうに数多くあります。それはつまり、日本中の各地で近代的な国家システム
が一気に(内実については様々な研究があり、一概に言えないとしても)広がった
ことを意味しており、世界史的に見ても希有な例だろうと思います。

創設のタイプはいろいろあるようで、地域のトップ校と言われるような高校の
場合は、江戸時代に藩校だったところが、そのまま学校になったケースもある
でしょう。一方、小中学校で多いのは、村のお寺や、篤志家が建てたお堂が学校に
なったというケースなどがあると思います。(詳しくは「郷学」と呼ばれるものの
研究をご参照ください)

私が若かりし頃、修士論文から博士課程において最もお世話になった学校である
郡山市立金透(きんとう)小学校も、今年150周年だったそうです。
明治初期に安積の原野を開拓しょうとする人々が、明治6年に子弟のために建てた
盛隆舎という学び舎が、明治7年に郡山小学校と改称し、明治9年の明治天皇の
東北巡幸に随行した木戸孝允により金透小学校と命名され、現在に至るそうです。
敷地内には、当時の建築を復元した建物があり、金透記念館と名付けられています。
また、同校を応援するOBの組織には、郡山市内の政財界の重鎮が並び、私も
会合の末席を汚したことがございますが、学校を愛する熱さに圧倒されました。

この金透小学校をきっかけにして、私は、学校と地域の関係、歴史について
ずっと関心を持ってきました。どの地方のどの学校に行っても、できるかぎり
地域の歴史、地理、経済について情報を集め、学ぶ習慣がつきました。

先日は、同じ福島県内でしたが、ある小さな学校を訪問したときに、そこもまた
150周年だったと伺いました。校長先生によれば、「もとより来賓をたくさん招待
するような大々的な行事をする予定はなかったのですが、地元の区長さんなどに
お越しいただき、子どもたち(全校児童40名未満!)によるミュージカル仕立て
の発表などもあり、楽しい会になりました」とのことでした。この学校も、
村のお寺が発祥となる150年の歴史だそうです。

学校というのは、ほんとうに不思議な空間で、主には二つのモメント(力学)が
複雑に交錯しながら成り立っている場です。一つは、行政の末端装置としての
機能のモメントで、すべて法に基づき、一律で公平を旨とする性格です。
もう一つは、地域の広場、人々の生活の単位をなすモメントであり、記憶や歴史
に関わる心象風景を生み出し、土地と人々の固有性にかたどられた性格です。

公務員の一員である学校教員には、学校が持つ前者の性格は自明である一方で、
後者の性格は意識されにくいことが多いのではないかと思います。校長職などに
就いたときにはじめて、地域住民の声という形で後者に接し、教員と地域の板挟み
を経験することなどでやっと意識化されることがあるかもしれません。

じつは、いま流行のコミュニティ・スクールがうまくいかない理由の一つに、
学校の後者の性格、すなわち土地と人々の歴史の蓄積について、教員という
職業人のセンサーが働きにくいことがあるのではと、私は推測しています。
行政の末端組織は、法に基づいて、昨日も明日も同じ事をくりかえすのが
行動指針になりますので、要望を聴くとか、将来を描くというのは、どうしても
“余計な仕事”に見えてしまうのです。

もともと、コミュニティ・スクールというものが導入された背景には、
おかみ(行政)と住民(民間)との中間に、第三の視点である公共(おおやけ)
を創出することで、上述した学校の2つの側面を融合させようという動機付けが
あったのだろうと思います。しかし、そうした巨視的で社会史的な思想は、
学校教員にはほとんど伝わっていないために、めんどうだなあとだけ思われて
いるのが現状ではないでしょうか。

学校が行政の顔だけを見せているかぎり、市民も保護者も要望を言ってくる人に
しか見えないだろうと思います。しかし、学校関係者が上述の2つの側面を意識
できるならば、コミュニティ・スクールが機能し始められるのではないかと思い
ます。

ただそのとき、何らかの意味での衝突は、前提としてあるものだと思っておいた
ほうがよさそうです。上に述べたように、もともと異なるモメントが交錯するのが
学校本来の存在様式なのであり、衝突はあってしてしかるべきなのです。
コミュニティ・スクールは、その衝突を調停するものではなくて、衝突から何かを
生み出そうとする装置なのだと考えておくほうがよさそうです。

研究者として駆け出しの頃に、学校と地域という課題に出会えたことは、私にとって
幸せだったことの一つです。いま、そのことをしみじみと思います。

村瀬公胤
一般社団法人麻布教育研究所 所長
murase@azabu-edu.net