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「麻の葉」第47号

2022/09/30 (Fri) 20:00
麻布教育研究所長通信「麻の葉」第47号

国連の障害者権利委員会が、9月9日に総括所見(一般に「勧告」と報道
されています)を出しました。このニュースを、学校関係者の方々はどの
くらいご存知でしょうか。(本文は↓)
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD%2fC%2fJPN%2fCO%2f1&Lang=en

これは、日本も2014年に批准した「障害者の権利に関する条約」に
基づき、批准している国の政策等の動向がこの条約に沿ったものに
なっているかどうかについて報告するものです。なので、主な項目は
条約に則していない国内の状況や、政策・法令の不備についての「懸念」
と、改善への「勧告」ということになります。内容は多岐にわたり、
なかでも教育関係については、特別支援教育を中心に多くの言及があり
ました。具体的には「第51項目 委員会は次のことを懸念する;」と
いうことで、以下 a~f の6点が言及されています(以下、意訳)。

a) 医学的評価に基づいて隔離される特別支援学級が存在していること
b) 障害のある子どもたちへの対応準備がないことを理由に就学を拒否
 されている例があること
c) 障害のある児童生徒への合理的配慮が不十分であること
d) 通常学校教員におけるインクルーシブ教育の理解とスキルが不十分で
 あること
e) 通常学校で手話教育や盲ろう児のための代替的コミュニケーション
 手段が提供されていないこと
f) 障害のある生徒が高等教育を受けるにあたっての障壁をなくそうと
 する包括的政策ポリシーがないこと
そして「第52項目 委員会は次のことを勧告する(urge);」に続きます。

ここで示されたトピックは、ひじょうに繊細であり、また意見が分かれ
やすいことも承知しております。今後、国内で議論が深まっていくこと
と思いますが、今回は、まず何が問題になっていて、それがどのように
生じているのかについて整理することまでをしたいと思います。
(なお、本稿執筆にあたり、東京大学教育学研究科附属バリアフリー教育
開発研究センター主催の研究会(https://select-type.com/ev/?ev=3OgEPCtHUp4)
で伺ったお話に、大いに示唆を得たことを記しておきます)

この「総括所見」は、一般には「勧告」と報道されていますが、実際には、
権利委員会と日本国政府(外務省ならびに文科省などの関係省庁)で往復
するやりとりがあり、さらに国内の障害者団体等の関係者からのレポートや
ヒアリングがあるという、重層的かつ対話的なプロセスを経て結実する書面
になっております。

この対話において最も大きいズレは、「インクルーシブ教育とは何か」
についての認識の違いでした。
日本国は、「すべての子に分け隔てなく最善の教育を提供している」から
インクルーシブであると主張しています。対して、権利委員会のほうは、
その「実態」は子どもを「分けて」教育を提供する「分離教育」であるから、
改善することが望ましい、という主張です。

養護学校の義務化から40年あまり、そして特別支援教育の導入から15年、
日本は、学校教育関係者も一般社会の市民も、一部の子どもたちを他の
子どもたちと違う場所で教育することがあたりまえと思い込むように
なっています。それは、義務化以前の、どこでも教育を受けられなかった
時代からすれば、もしかしたらある意味で前進だったのかもしれません。
しかし、以来40年以上の長きにわたり分け続けてきたことが、いま問い
直されようとしているのです。(義務化当時に反対した人々の中には、
この「あたりまえ」になってしまう未来が見えていたのだと思います。)

日本国政府の主張はある意味、合理的で一貫しています。
・多様な個性に応じて、多様な教育制度(通常学校か特別支援学校か)
が用意されています。
・保護者・児童生徒は、それを自由に選べます。
・選んだ先では、その子に最善の教育が用意されています。
「これこそが合理的配慮であり、いったいどこが差別なのですか?」と
いうことになっています。

しかし、この主張は、技術的合理論としては成り立っているのですが、
理念的倫理的問いに答えられていません。その点が権利委員会にとって
より重要な問題なのですが、日本国にはそれを感知するセンスがないよう
です。そのために、日本国からすれば「どうしてわかってくれないかなー」
と不満にさえ思えているでしょうし、権利委員会からは「よくもそんな
回答で答えたつもりになっていますね」という驚愕の思いすらあるのでは
ないかなと想像します。

日本国の主張が技術的合理論として正しいのは、学校の教員のみなさんが
よく知っています。じつはこの勧告問題が明らかになってから、Twitterなど
SNSでは、教員を名乗る人々がたくさん発言しています。
「フルインクルーシブで通常学級に入れても、子どもがかわいそうなだけ」
「特別支援教育で充実した教育を受けている子どものことを知らないのか」
等々の意見がたくさんあります。
また、保護者さんの中にも、特別支援教育でよかったというご意見の方々
がたくさんいることはわかっております。

このように、権利委員会と意見がずれてしまう事態はどのように生じるの
でしょうか。それは、日本の対応が、現状の社会を前提にしていることに
起因しています。
成人後も障害のある方々には就職の選択肢が広くなく、また社会のほうも
どんな個性・障害の人でもともに労働するというイメージがなく、そして
(少なくとも建前上は)差別はしない=区別はすることが本人のためにも
良いというパターナリズム状況がこの国を覆っているとき、学校教育は
それに最適化して制度設計されるのが、とうぜんの技術的合理性でしょう。

分離されている社会を前提にするかぎり、学校教育も分離しているほうが
合理的なのです。そこでは実際に、児童生徒と保護者さんも満足のいく
教育が受けられているし、それを実施するように学校教員もまた養成されて
います。

権利委員会が問いかけたいのは、そこではないのです。
「その現状をいつまで続けるつもりですか?現状を変えるための日本国政府
としては何か努力をするつもりはあるのですか?」と聞いているのです。
それに対して、日本国政府が「現状では最善を尽くしています」としか回答
しなかったのですから、それは対話にならなかったでしょう…。

「日本流のインクルーシブ教育があるんだ(=分けるのが正しい)」という
主張もあり得るのかもしれません。その考え方を否定はしません。
ただ、そうであるならば、どうして「障害者の権利に関する条約」を批准
したのでしょうか。日本流を貫きたいなら、はじめから批准しなければ
よかった、いまからでも条約を離れればいいという話になりかねません。
でも、それは、1933年に国際連盟を脱退した歴史を思い起こさせるような
気がします。

結局、この総括所見が投げかけているのは、「日本国は、『ふつう』と
それ以外を分ける国でありつづけるのですか?」という問題です。

こうした重要な対話のプロセスの真っ最中であった今年の4月27日に、
「特別支援教育及び通級による指導の適切な運用」(4文科初第375号)
という文科省通知が出ました
私は、この通知は財政当局のプレッシャーに抗しきれずに文科省が出して
しまったと、いちおう邪推含みの擁護的視点を持ってはおりますが、
それでもこの通知の問題は大きすぎました。それまで日本国と対話を重ね、
なんとか理解したいと思っていた権利委員会は、この通知を見てショックを
受けたことでしょう。もはやこれは、国家として「分離教育を推進します」と
宣言したようなものだったからです。この通知については、また稿を改めて
検討したいと思います。

村瀬公胤
一般社団法人麻布教育研究所 所長
murase@azabu-edu.net