「麻の葉」第2号
2012/05/19 (Sat) 17:33
麻布教育研究所通信「麻の葉」第2号
先週末に、インドネシア2週間の出張から帰ってまいりました。スラウェシ島北ミナハサ州、スマトラ島パダン市、ジャワ島ジャカルタ市、バンテン州と廻り、のべ9校を学校訪問したほか、インドネシア教育大学、マラン大学、ジョグジャカルタ大学、マナド大学の先生方とインドネシアの授業研究の今後について意見交換をする機会がありました。この活動は、JICAの「インドネシア国・前期中等教育の質の向上プロジェクト」の一環です。
http://www.jica.go.jp/project/indonesia/0800042/index.html
4年間のプロジェクトの4年目ということで、「参加型学校運営」と「授業研究」がインドネシアに普及し、根づくことが目標です。佐藤雅彰先生は、このプロジェクトの前身のプロジェクトからずっと関わっていらっしゃり、シンガポール国立教育院の齊藤英介さんとともにインドネシアの授業研究(Lesson Study)をひっぱってこられました。
それにしても、インドネシアという国は大きいです。この2週間で私は、インドネシア国内の飛行機だけで6,000kmを飛びました。この距離、東京~ジャカルタの片道と同じです。インドネシアは国内でも、北ミナハサ州などは首都ジャカルタと時差があります。その北ミナハサ州マナドから車でまた2時間くらいのところまで、学校訪問をしたりしました。山を越え谷を越え、ようやく海岸の小さな村の中学校に到着です。そこでは、数学や理科の先生たちが5名ばかり集まり、つぎの研究授業の授業案を練っているのです。これは私たちのプロジェクトが始めたもので、Lesson Study Clubと呼ばれています。
じつは、インドネシアなどいくつかの東南アジアの国の授業研究は、トップダウンで広まっているという特徴があります。多くの場合、教員や指導主事などを1か所に集めて授業研究とは何かというのを研修し、それを地元に帰って普及する、というのが一つのモデルです。しかし、みなさんすぐに予想される通り、このモデルには限界があります。授業研究は、参加しともに作り上げていく過程を共有しないと、そう簡単には理解されません。むしろ単発の研修で、表面的な手続きとして授業研究が理解されることのほうが、後々の不幸を招きます。だからこそ私たちのプロジェクトは、足しげくインドネシア国内3ヶ所(現在は6ヶ所)の県市に通ってきました。さらにそれを補完するのが、上述のLesson Study Clubです。地方教育行政とは半ば独立した形で、同好の士が集まるサークルで、指導案を練ったり、授業を公開し合ったりするのです。フォーマルな研修では得られない、本音の語り合いができるので、参加者のモチベーションはとても高いです。
ここで重要なのは、「半ば」というところです。こちらは教員文化がひじょうに官僚的で、何かを動かそうとするとハードルが高いのです。そこで、半ば地方教育行政の支援を受けつつ、一方で自由に参加するというストラテジーが求められました。さらに、それを地方教育行政はどのように支援するのかというスタイルについては、私たちのプロジェクトでは現場の責任者(教育委員会の係長や課長クラス)と協同して練り上げていきます。同じ教育委員会(むこうでは教育局と呼ばれる)であっても、各地方にはそれぞれの慣習みたいなものがあり、一律にはいかないのです。だからこそ、私たちコンサルタントが仲介したり、モニタリングしたり、ファシリテートしたりすることが重要になってきます。
以上のことは、日本にも大いに示唆を与えます。一つには、教育委員会との協同です。学校ベースであってもサークルベースであっても、授業研究は地方教育行政とのタッグでなければ、継続しません。他方、教育委員会からの押しつけだけでも継続はしません。その地域の子どもたちにとって、もっとも効果的な教育を提供するにはどうしたらよいのか、それをともに考えなければなりません。コンサルタントは、学校教員と地方教育行政をつなぐ役割ができるのだということを、私はこのプロジェクトから学びました。
ところで、上のことに関して、ちょうど1週間前の土曜日に大阪のフォーラムで聞いた話は興味深かったです。文部科学省の方(このあいだの学習指導要領改訂に参与し、いまは高等教育局に異動された)が、「私たちはバッファのようなものです」と言うのです。世論や政策が何らかの教育改革を求めた場合、それの効果が見えるようになるには、準備の期間と実施の期間と効果が現れる期間という一定程度の時間を要します。それまでのあいだ、「いま何をやっていて、それがこれからどのようになるのか」という説明を果たすのは、個々の教員ではなく、自分たち教育行政の責任だと言うのです。これには感嘆しました。中央に、トップに、こうしたしっかりした見識があることは、ありがたいことです。
また同氏は、各地方自治体の教育長もそうした役割を果たすべきだろうという見解を述べていました。教育長は説明責任を議会に負っているわけですが、「その説明責任の『果たし方』が重要である」と。つまり、自らの責任としてバッファ役を引き受け、それをきちんと市民に説明できるだけの見識が求められているのです。言いっぱなし、命令しっぱなしでは、地方教育行政を預かる資格はないのです。もちろんそれを一人で担うことはありません。そのために教育委員会の人材がいるわけですし、また外部人材によるコンサルテーションという方途もこれから増えていくのだろうと思います。いずれにせよ、必要なのは構想力と胆力と実行力であり、その点では企業などのトップとなんら変わりはありません。それだけの力のある教育長さんが多くいることを願うばかりです。
最後に、日食ネタを。いまいろんなお店で日食観測用のグラスが販売されていますが、直接見るだけが日食観測ではありません。ピンホールカメラを使った投影法も日食観測になります。下に、私が1992年12月に東京で部分日食を観測したときのデータをご紹介します。
http://azabu-edu.net/ecl/
同様の原理で、「木漏れ日で日食を投影する」というのもあります。ネットで少し調べれば、そうした画像を見ることもできるでしょう。
では、また。
村瀬公胤
麻布教育研究所
先週末に、インドネシア2週間の出張から帰ってまいりました。スラウェシ島北ミナハサ州、スマトラ島パダン市、ジャワ島ジャカルタ市、バンテン州と廻り、のべ9校を学校訪問したほか、インドネシア教育大学、マラン大学、ジョグジャカルタ大学、マナド大学の先生方とインドネシアの授業研究の今後について意見交換をする機会がありました。この活動は、JICAの「インドネシア国・前期中等教育の質の向上プロジェクト」の一環です。
http://www.jica.go.jp/project/indonesia/0800042/index.html
4年間のプロジェクトの4年目ということで、「参加型学校運営」と「授業研究」がインドネシアに普及し、根づくことが目標です。佐藤雅彰先生は、このプロジェクトの前身のプロジェクトからずっと関わっていらっしゃり、シンガポール国立教育院の齊藤英介さんとともにインドネシアの授業研究(Lesson Study)をひっぱってこられました。
それにしても、インドネシアという国は大きいです。この2週間で私は、インドネシア国内の飛行機だけで6,000kmを飛びました。この距離、東京~ジャカルタの片道と同じです。インドネシアは国内でも、北ミナハサ州などは首都ジャカルタと時差があります。その北ミナハサ州マナドから車でまた2時間くらいのところまで、学校訪問をしたりしました。山を越え谷を越え、ようやく海岸の小さな村の中学校に到着です。そこでは、数学や理科の先生たちが5名ばかり集まり、つぎの研究授業の授業案を練っているのです。これは私たちのプロジェクトが始めたもので、Lesson Study Clubと呼ばれています。
じつは、インドネシアなどいくつかの東南アジアの国の授業研究は、トップダウンで広まっているという特徴があります。多くの場合、教員や指導主事などを1か所に集めて授業研究とは何かというのを研修し、それを地元に帰って普及する、というのが一つのモデルです。しかし、みなさんすぐに予想される通り、このモデルには限界があります。授業研究は、参加しともに作り上げていく過程を共有しないと、そう簡単には理解されません。むしろ単発の研修で、表面的な手続きとして授業研究が理解されることのほうが、後々の不幸を招きます。だからこそ私たちのプロジェクトは、足しげくインドネシア国内3ヶ所(現在は6ヶ所)の県市に通ってきました。さらにそれを補完するのが、上述のLesson Study Clubです。地方教育行政とは半ば独立した形で、同好の士が集まるサークルで、指導案を練ったり、授業を公開し合ったりするのです。フォーマルな研修では得られない、本音の語り合いができるので、参加者のモチベーションはとても高いです。
ここで重要なのは、「半ば」というところです。こちらは教員文化がひじょうに官僚的で、何かを動かそうとするとハードルが高いのです。そこで、半ば地方教育行政の支援を受けつつ、一方で自由に参加するというストラテジーが求められました。さらに、それを地方教育行政はどのように支援するのかというスタイルについては、私たちのプロジェクトでは現場の責任者(教育委員会の係長や課長クラス)と協同して練り上げていきます。同じ教育委員会(むこうでは教育局と呼ばれる)であっても、各地方にはそれぞれの慣習みたいなものがあり、一律にはいかないのです。だからこそ、私たちコンサルタントが仲介したり、モニタリングしたり、ファシリテートしたりすることが重要になってきます。
以上のことは、日本にも大いに示唆を与えます。一つには、教育委員会との協同です。学校ベースであってもサークルベースであっても、授業研究は地方教育行政とのタッグでなければ、継続しません。他方、教育委員会からの押しつけだけでも継続はしません。その地域の子どもたちにとって、もっとも効果的な教育を提供するにはどうしたらよいのか、それをともに考えなければなりません。コンサルタントは、学校教員と地方教育行政をつなぐ役割ができるのだということを、私はこのプロジェクトから学びました。
ところで、上のことに関して、ちょうど1週間前の土曜日に大阪のフォーラムで聞いた話は興味深かったです。文部科学省の方(このあいだの学習指導要領改訂に参与し、いまは高等教育局に異動された)が、「私たちはバッファのようなものです」と言うのです。世論や政策が何らかの教育改革を求めた場合、それの効果が見えるようになるには、準備の期間と実施の期間と効果が現れる期間という一定程度の時間を要します。それまでのあいだ、「いま何をやっていて、それがこれからどのようになるのか」という説明を果たすのは、個々の教員ではなく、自分たち教育行政の責任だと言うのです。これには感嘆しました。中央に、トップに、こうしたしっかりした見識があることは、ありがたいことです。
また同氏は、各地方自治体の教育長もそうした役割を果たすべきだろうという見解を述べていました。教育長は説明責任を議会に負っているわけですが、「その説明責任の『果たし方』が重要である」と。つまり、自らの責任としてバッファ役を引き受け、それをきちんと市民に説明できるだけの見識が求められているのです。言いっぱなし、命令しっぱなしでは、地方教育行政を預かる資格はないのです。もちろんそれを一人で担うことはありません。そのために教育委員会の人材がいるわけですし、また外部人材によるコンサルテーションという方途もこれから増えていくのだろうと思います。いずれにせよ、必要なのは構想力と胆力と実行力であり、その点では企業などのトップとなんら変わりはありません。それだけの力のある教育長さんが多くいることを願うばかりです。
最後に、日食ネタを。いまいろんなお店で日食観測用のグラスが販売されていますが、直接見るだけが日食観測ではありません。ピンホールカメラを使った投影法も日食観測になります。下に、私が1992年12月に東京で部分日食を観測したときのデータをご紹介します。
http://azabu-edu.net/ecl/
同様の原理で、「木漏れ日で日食を投影する」というのもあります。ネットで少し調べれば、そうした画像を見ることもできるでしょう。
では、また。
村瀬公胤
麻布教育研究所