「麻の葉」第33号
2020/05/31 (Sun) 21:50
麻布教育研究所長通信「麻の葉」第33号
新型コロナウイルス感染予防という文脈のもとで、にわかに学校教育の
ICT化が俎上に載るようになりました。私の経歴の中では、この方面の
ご相談を受けるようになってから10年ほどになりますでしょうか。
「コンピュータ教室」という設備が学校でようやくあたりまえになった
ころから「これからはもうタブレットでしょう」と言い続け、たとえば
2012年にシンガポールの中学校に招聘していただいて、タブレットの
活用についてお話ししたことなどが記憶に残っております。
ただ、日本の学校では無線LANがほとんど使い物にならない、または
使ってはいけないモノになっておりましたので、そうした動きはつい
最近まで止まっており、世界に大きく後れをとりました。
それはさておき、日本中の学校で「ICTやらなきゃ」「オンラインでしょ」
という話になっておりまして、いよいよ私のところへのご相談も増えて
まいりました。
そういうご相談場面であからさまに言うことはないですが、一般的な講演
では、警鐘になればと思い、あえてきついことを申し上げることがあります。
それは、「ICTのほんとうのこわさというのは、面白い実践はより面白く、
つまらない実践はよりつまらなくなることですよ」というお話しです。
ICTというものが、本来的に人間の能力や技術を拡張する(enhance, expand,
empower)ものであることに思い至れば、それは驚くというよりはむしろ
自然な帰結であろうと思います。
わかりやすい例として、ある市の学校のお話しをしましょう。この自治体は、
ICT導入について教育委員会にやる気があったのか、議会が主導したのか、
かなり早くから全ての教室に短焦点プロジェクタや電子黒板などが配置され、
教育用ソフトウェア(アプリ)の利用料についても積極的に予算が組まれて
いました。しかし、そこでもっともよく使われていたのは、どんなアプリ
だったと思いますか。それは、「タイマーアプリ」です。教科書&黒板&
ノートの授業をやって、「はい、では練習問題を5分でやりましょう、始め。」
ピッ!とパソコン上のタイマーをスタートし、電子黒板には大きく残り時間が
出ているというわけです。委員会や議会が知ったら、がっかりしたでしょうね。
でも、それが現実です。
ICTがあったらすぐにでもアクティブ・ラーニングができて、子どもたちの
コンピテンシーが伸びるなどというのは、幻想です。教育実践は、授業者の
理念と見識と智慧から成るのであって、ICTはそのお手伝いです。
ふだんから、「楽しい授業をしたいな」「どんな教材から導入しようかな」
と考えている先生であれば、ICTはすばらしいツールになるでしょう。
講演とか研修を受けているときの姿勢で、すぐわかります。上のようなことを
毎日考えている先生は、1を聞いて10を想像し、「じゃあ、こんなことって
もしかしてできますか?」と質問します。もちろん何でもできるわけでは
ないのですが、具体的でイメージが共有しやすい質問ですから、答える側も
「そうしたら、〇〇と△△を組み合わせれば、こんな感じに使えますよ」と
提案しやすくなります。それでまた先生のほうでは、「じゃあ、こうすれば
面白くなるぞ」と、すぐに自分の授業で活用するアイデアが出てきます。
そうでない先生だと、1を聞いても、10まで聞いても、自分の授業にITCが
入っているイメージはわいてきません。なぜなら、ICTが登場する前から、
自分の明日の教室を想像/創造する習慣がなかったからです。
つまり、ICTを活用できるかどうかは、教員の知識や経験の有無によってのみ
決まるのではありません。この問題を見落としているかぎり、予算をいくら
つけても、研修を何度くりかえしても現状は変わらず、行政、政策の方々の
嘆きは終わらないでしょう。
ICTの活用が日本の学校教育につきつけている問題は、コロナウイルス禍が
今後どう推移するかということとは独立に、喫緊かつ本質的なものです。
逆に、この危機を正面から乗り越えたとき、日本全国の教育実践は総合的に
質を高める結果に至ることができるのではないか、そうした大きな視野での
議論が広く共有されることを願っております。
さいごに、最近の論文・原稿についてお知らせです。
1)昨年3月に発表された日本教育方法学会の論文が、オンラインで読める
ようになりました。(学会誌論文は、刊行から1年後に公開される慣習です)
https://doi.org/10.18971/nasemjournal.44.0_97
2)名護市広報「市民のひろば」 の男女共同参画計画事業のコーナーで、
インクルーシブ教育についてのエッセーを書かせていただきました。
PDFでもご覧いただけます。ハイビスカスがきれいな表紙の2020年6月号
のp. 13です。ちょっとファイルサイズは大きい(6.47MB)のですが、
もしよろしければ、ご覧ください。
http://www.city.nago.okinawa.jp/municipal/2018071300163/
村瀬公胤
一般社団法人麻布教育研究所 所長
murase@azabu-edu.net
新型コロナウイルス感染予防という文脈のもとで、にわかに学校教育の
ICT化が俎上に載るようになりました。私の経歴の中では、この方面の
ご相談を受けるようになってから10年ほどになりますでしょうか。
「コンピュータ教室」という設備が学校でようやくあたりまえになった
ころから「これからはもうタブレットでしょう」と言い続け、たとえば
2012年にシンガポールの中学校に招聘していただいて、タブレットの
活用についてお話ししたことなどが記憶に残っております。
ただ、日本の学校では無線LANがほとんど使い物にならない、または
使ってはいけないモノになっておりましたので、そうした動きはつい
最近まで止まっており、世界に大きく後れをとりました。
それはさておき、日本中の学校で「ICTやらなきゃ」「オンラインでしょ」
という話になっておりまして、いよいよ私のところへのご相談も増えて
まいりました。
そういうご相談場面であからさまに言うことはないですが、一般的な講演
では、警鐘になればと思い、あえてきついことを申し上げることがあります。
それは、「ICTのほんとうのこわさというのは、面白い実践はより面白く、
つまらない実践はよりつまらなくなることですよ」というお話しです。
ICTというものが、本来的に人間の能力や技術を拡張する(enhance, expand,
empower)ものであることに思い至れば、それは驚くというよりはむしろ
自然な帰結であろうと思います。
わかりやすい例として、ある市の学校のお話しをしましょう。この自治体は、
ICT導入について教育委員会にやる気があったのか、議会が主導したのか、
かなり早くから全ての教室に短焦点プロジェクタや電子黒板などが配置され、
教育用ソフトウェア(アプリ)の利用料についても積極的に予算が組まれて
いました。しかし、そこでもっともよく使われていたのは、どんなアプリ
だったと思いますか。それは、「タイマーアプリ」です。教科書&黒板&
ノートの授業をやって、「はい、では練習問題を5分でやりましょう、始め。」
ピッ!とパソコン上のタイマーをスタートし、電子黒板には大きく残り時間が
出ているというわけです。委員会や議会が知ったら、がっかりしたでしょうね。
でも、それが現実です。
ICTがあったらすぐにでもアクティブ・ラーニングができて、子どもたちの
コンピテンシーが伸びるなどというのは、幻想です。教育実践は、授業者の
理念と見識と智慧から成るのであって、ICTはそのお手伝いです。
ふだんから、「楽しい授業をしたいな」「どんな教材から導入しようかな」
と考えている先生であれば、ICTはすばらしいツールになるでしょう。
講演とか研修を受けているときの姿勢で、すぐわかります。上のようなことを
毎日考えている先生は、1を聞いて10を想像し、「じゃあ、こんなことって
もしかしてできますか?」と質問します。もちろん何でもできるわけでは
ないのですが、具体的でイメージが共有しやすい質問ですから、答える側も
「そうしたら、〇〇と△△を組み合わせれば、こんな感じに使えますよ」と
提案しやすくなります。それでまた先生のほうでは、「じゃあ、こうすれば
面白くなるぞ」と、すぐに自分の授業で活用するアイデアが出てきます。
そうでない先生だと、1を聞いても、10まで聞いても、自分の授業にITCが
入っているイメージはわいてきません。なぜなら、ICTが登場する前から、
自分の明日の教室を想像/創造する習慣がなかったからです。
つまり、ICTを活用できるかどうかは、教員の知識や経験の有無によってのみ
決まるのではありません。この問題を見落としているかぎり、予算をいくら
つけても、研修を何度くりかえしても現状は変わらず、行政、政策の方々の
嘆きは終わらないでしょう。
ICTの活用が日本の学校教育につきつけている問題は、コロナウイルス禍が
今後どう推移するかということとは独立に、喫緊かつ本質的なものです。
逆に、この危機を正面から乗り越えたとき、日本全国の教育実践は総合的に
質を高める結果に至ることができるのではないか、そうした大きな視野での
議論が広く共有されることを願っております。
さいごに、最近の論文・原稿についてお知らせです。
1)昨年3月に発表された日本教育方法学会の論文が、オンラインで読める
ようになりました。(学会誌論文は、刊行から1年後に公開される慣習です)
https://doi.org/10.18971/nasemjournal.44.0_97
2)名護市広報「市民のひろば」 の男女共同参画計画事業のコーナーで、
インクルーシブ教育についてのエッセーを書かせていただきました。
PDFでもご覧いただけます。ハイビスカスがきれいな表紙の2020年6月号
のp. 13です。ちょっとファイルサイズは大きい(6.47MB)のですが、
もしよろしければ、ご覧ください。
http://www.city.nago.okinawa.jp/municipal/2018071300163/
村瀬公胤
一般社団法人麻布教育研究所 所長
murase@azabu-edu.net